Asuka Academyは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(以下CCライセンス)で提供されている海外の大学のコンテンツの、国内での利活用を推進しているNPOで、ウェブサイトでは数多くの映像教材を日本語字幕つきで無償提供しています(https://www.asuka-academy.com/index.html)。今回、Asuka Academyの事務局長および常務理事を務めていらっしゃる中村久哉氏にお話を伺いました。(以下敬称略。)
CCJP:まずはAsuka Academyについて簡単にご紹介いただけますか?
中村:Asuka Academyは2014年4月に設立されたNPO法人で、海外のオープンコースウェア[^1]やOER[^2]の、ウェブサイトを通じた無償提供を行っています。2021年9月時点で提供しているコースは154個あり、無料会員登録をした上で利用可能となっています。
コンテンツとしては、マサチューセッツ工科大学(MIT)、イェール大学、デルフト工科大学、カリフォルニア大学アーバイン校、英国オープンユニバーシティが提供している、実際の講義や教育用動画があります。「修了証書・オープンバッジ発行」のオプションがあるコースについては、修了条件を満たした方にAsuka Academy から修了証書および「オープンバッジ[^3]」を発行しています。
オープンバッジはIMSグローバルが提唱する、個人の学習歴や取り組みをデジタルのバッジで証明し、生涯持ち歩くための世界標準のしくみです。世界ではすでに年間数千万個も発行されており、日本では一般財団法人オープンバッジ・ネットワークが普及を強力に行っています。なお、Asuka Academy の岸田徹理事長は、オープンバッジ・ネットワークの理事長でもあります。オンラインの学びではモチベーションの継続が課題ですが、バッジの取得は、学びの意欲を維持するのに役立っているようです。
また、CCライセンスでの提供ではありませんが、AFP World Academic Archive(AFPWAA)やGoogleといった、大学以外のコンテンツも提供しています。AFPWAAはニュース映像やフォトストックのアーカイブで、Asuka Academyは AFP通信と提携し、日本語字幕を加え無償で提供しています。
Asuka Academyのトップページ。
CCJP:コロナの流行を受けてオープン教育教材を利用する動きが世界で見られますが、Asuka Academyでもそのような動きは見られましたか?
中村:そうですね、コロナ渦の状況で、利用者は急激に増加しています。全国で休校措置がとられ、企業でテレワークも始まった2020年2月末時点では、利用者数は3万4000人ほどでしたが、5月下旬には6万人を突破し、2021年6月末時点では9万人ほどと、大幅に増えています。
海外との比較でいうと、英語が公用語である国では英語の教材をそのまま理解できますし、国によっては政府や大学が予算をつけて翻訳を行っている場合があります。日本ではそもそもこういった教材の認知度は低く、また日本語ではないため、利用されにくいという現状があります。Asuka Academy の日本語・英語字幕付きのコンテンツは、気軽に海外トップ大学の優れた講義やコンテンツに触れられるところが喜ばれているようです。また、翻訳ボランティアに興味を持つ方も、おかげさまでたいへん増えています。
「[Yale] 哲学と人間 Part 1 」の動画教材。動画と同期した日本語・英語字幕を表示することができる。
CCJP:翻訳はどのように行っているのでしょうか?
中村:のべ2400人以上のボランティアによってオンラインで翻訳が行われています。翻訳ボランティアに参加した方にはオープンバッジを発行しています。最近は高校生の翻訳ボランティアが増えています。コンテンツを翻訳するためにはその内容を深く理解する必要がありますので、翻訳活動を通じて、英語の勉強に限定されない、該当分野への主体的で深い学びなど、様々な学習効果が得られるという好循環が生まれています。高校生や大学生では特に、留学やサマーキャンプといった活動がコロナ渦で難しい状況ですので、代わりとなる活動として行っていただいている方もいます。
CCJP:学生による翻訳の活動についてはどのような反響がありましたか?
中村:例えば広尾学園では課外活動として翻訳を行っているのですが、活動が始まった2015年は6人で翻訳を行っていたのが、今では毎年100人以上が参加する規模になっています。小グループに分かれ、各グループにリーダーがつき、全体リーダーは全体をまとめる必要があり、チームとしてのスキルも養う場となっています。また最近は九州や近畿の高校も翻訳活動に参加しています。生徒たちにとっても楽しく、そして意義深い活動となっているようです。
CCJP:翻訳を行う大学やコースはどのように選んでいますか?
中村:CCライセンスでコンテンツを提供しているという大前提があります。スタンフォード大学やオックスフォード大学も授業の様子を一部YouTubeにアップロードしていますが、ライセンスがオープンでないので、Asuka Academyのコンテンツとしては扱えません。MITのほか、オープンコースウェアの発展を初期から支えているOpen Education Global(旧称Open Courseware Consortium)の中心的なメンバーとなっているのがデルフト工科大学、カリフォルニア大学アーバイン校などで、彼らは継続的に、さかんにコンテンツをCCライセンスで公開しています。これらの大学のコンテンツを対象に、人気の高いコース、各大学が強みとしている分野やコンテンツを選んでいます。たとえばデルフト工科大学は治水やエネルギー、都市設計などについて非常に進んでいる大学なので、これらの内容の講義を翻訳しています。小中高校生向けの教材については、MITの学生などが作成し、公開しているMIT+K12という教材を翻訳しています。
CCJP:翻訳の際に注意している点などはありますか?
中村:画面に表示できる文字数は限られるので、内容を落とさずに、できるだけ端的な訳を行うことに注意しています。先生が早口の場合など、どうしても訳が長くなってしまう場合がありますが、動画を止めたり巻き戻したりできるというのが動画教材の良いところでもあると思います。それから講義の中でジョークやイディオム、ジャーゴンも随時入ってくるので、それらも上手く訳すようにしています。ボランティアの方に翻訳していただいた内容についての最終チェックは事務局が中心に、コンテンツによっては専門家の協力も得ながら、行っています。
CCJP:CCライセンスのついた教材を使うにあたって、権利の扱いなど、難しく感じたことはありましたか?
中村:難しいと感じたことは特にありませんでした。というのも、Asuka Academy設立者の一人であり、前理事長の福原美三氏がオープンエデュケーションに長く携わっていらっしゃったため、CCライセンスとオープンエデュケーションの関係については団体の中でも共有されていました。
CCJP:今後のオープン教育、OERの利活用について、展望や期待をお聞かせください。
中村:国内・国外とも、優れたオープン教育コンテンツの発信はますます増えており、学生・社会人・生涯教育それぞれの分野で、幅広い学びを楽しめ、キャリアにも活かしていける選択肢はたくさんあります。在宅など多様な働き方や、大学のオンライン講義の浸透、リタイア後の学びへの注目などを背景に、オープンな学びコンテンツの利活用は、急激に、多様に、進んでいくことと思っています。Asuka Academy の取り組みやコンテンツをきっかけに、優れたOERの 活用 がより多くの人、多くの教育現場で進んでいくことを期待しています。
あとがき
世界的に見ると毎年数多くのOERが作成されていますが、日本でこれらを利用するとなるとどうしても言語の壁にぶつかります。翻訳は、こうした教材がより多くの人にリーチするためには欠かせない重要な作業です。
OERの文脈で語られる新たな教育方法の一つに、学生自身が他の学生のための教材を作り公開するというものがあります。コンテンツの作成に関わる過程で自身も学びを深めていく。Asuka Academyはまさにそのような、教材を作る人と使う人の双方にとって利益となる、学び合うための場でもあるのだと感じました。お忙しい中インタビューにご協力くださいました中村久哉さん、どうもありがとうございました。
執筆:豊倉幹人
[^1] オープンコースウェアとは、大学や大学院などの高等教育機関で正規に提供された講義とその関連情報を、インターネットを通じて無償で公開する活動のこと。(Wikipedia:「オープンコースウェア」より)
[^2] OERとは、パブリックドメイン、または無制限または限定的な制約のもとで他者による無償のアクセス、使用、翻案、再配布を許可するオープンライセンスのもとで公開されている教育、学習、研究のための教材のこと。(UNESCO: Open Educational Resources (OER) より)
[^3] オープンバッジとは、達成度や成果、およびそれらを獲得するために何を行ったかなどの情報が含まれているデジタルのバッジのフォーマットのこと。(IMS Global FAQより)