[iSummit]教育コモンズ

三日目のワークショップでは,教育におけるコモンズという題目でセッションが開かれました.南アの国連大学の研究員,ブロガー,アフリカ・コモンズ, MITのOneLaptopPerChild,仮想ゲーム世界Second Lifeといった多様なプラットフォームの開発者が集いました.


Cory Ondrejka

米カリフォルニアのLinden Labs社のSecond Lifeは,ここ数年で急成長を遂げているMMO(マッシブ・マルチプレイヤー・オンライン)ゲームです.既に30万人の会員数を誇るこのオンライン・コミュニティは,ユーザーに多くの能動性を与えている事でも知られており,世界で初めてユーザーがゲーム内で制作したコンテンツの著作権をユーザー自身に認めた事でも有名です.そのおかげで,ユーザーはゲーム内で作成したコンテンツ—制御スクリプト付きの3Dオブジェクト—を自由に現実の通貨で販売したり,またはCCやGPLといったライセンスで配布する事が可能になっています.
このプレゼンテーションでは,いかにSecond Lifeが教育と経済の新しいプラットフォームとして機能し得ているかという事が提示されました.その事を示す一つの指標として,例えばWikipediaのような恊働制作のプラットフォーム上でさえ貢献ユーザー(投稿者)とROMユーザー(閲覧者)の比率を考えた時、参加率は数パーセントに満たないことに対して,Second Lifeではユーザーの60%が何らかの制作をゲーム内で行っているそうです.この数字はウェブ全体の制作者率が10%に満たないことを考えれば,異常に高いものだという事が分かります.この高い参加率の結果,実に様々なプロジェクトがSecond Life内で起こっています.あるゲーム開発者はSecond Lifeの中でパズル・ゲームを制作し,ユーザーのフィードバックを得てからそのゲームを実際に制作・販売し,ビジネスを立ち上げました.ある精神医学の研究者は,幻覚の調査のために,Second Life内にバーチャル幻覚ルームを作成し,1,000人以上の被験者から学術的に有意なデータを採集することに成功しました.航空ロケットに関心を持った人が自身でロケットのモデルを再現した所,様々な人々が集って世界中の歴史的なロケットをアーカイヴし,その挙動をシミュレートする博物館が建設されました.また,Second Lifeの中でミニ太陽系を制作し,宇宙科学に関するビデオ教材を作成してクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで公開した人もいます.
Linden Labs社のCory Ondrejkaは,Second Life内の状況を指して,今までの「仕事VS遊び」や「アマチュアVSプロ」といった二項対立は既にリアリティを失っていると主張します.このSecond Lifeの事例は,その他多くのオンライン・ゲームも含めた仮想世界内の新しい現実感とそれに付随する新たな経済圏の創出を象徴していると言っても過言ではないでしょう.


Pete Barr-Watson


電子ブックとしてのOLPC(OLPC公式ホームページより

そして,CCJPの第2回セミナーにも出演したPete Barr-Watsonによって,MIT Media LabのOne Laptop Per Child(一人の子供に一つのラップトップPCを)プロジェクトが紹介されました.これは簡単に言えば,ネットやPCにアクセスできないでいる世界中の発展途上国の子どもたちに,最高品質のラップトップPCを分け隔てなく無償で与えるというプロジェクトです.このために,MITと契約を結んだ最初の七カ国(中国,アルゼンチン,ブラジル,エジプト,タイ,南アフリカ,ナイジェリア)の政府は,およそ一台につき135米国ドルという低価格で数百万台規模で購入し,各地域の4歳から14歳の子どもたちに支給していきます.2007年第一四半期の出荷後には,一気に1000から1500万人の子どもたちがリナックスOSを使用して勉強を開始するという,社会的な革新が予定されています.
詳しくはプレゼンテーションのPDF(PDF, 338KB)をご覧頂ければ分かりますが,このとても可愛らしいデザインのラップトップの中には最先端の技術が多くの企業の無償投資によって詰め込まれています.基本OSはRed Hat Linuxの特注ディストリビューションがプリ・インストールされ,802.11sという新規格のメッシュ・ネットワーク対応の無線LAN機能は1.5kmの通信範囲を誇り,3M社によって開発された7.5インチのディスプレイは超高輝度であると同時に電子インク的な無電源表示モードも兼ね備え,そして人力の電源供給インタフェースも実装される,といった具合です.殆どの関連企業が無償に近い形で投資をしている背景には,このラップトップが世界的に普及した時には1000万から1500万というユーザー層がマーケティング上孕む価値を見越しているからですが,MIT Media Labのディレクターのニコラス・ネグロポンテ氏は「このプロジェクトの目的はただ一つ,One Laptop Per Childであり,それ以外の隠された意図はないし,またあってはならない」という強い意志を表明し,各界の参加を促すための強いリーダーシップを取っていることも無関係ではないでしょう.
Peteはクリエイティブ・コモンズとOLPCの関係を築くための活動を開始しています.ICommonsの正規プロジェクトとして,シャトルワース財団と共同で,CCライセンス下で配布される教材をSourceForge的なオープンソース開発と共有を行えるポータルの開発を開始したり,また子どもたちにも理解できるようなものに既存のCCライセンスを翻訳・再設計するプロジェクトが立ち上がったりしています.もちろん,MITが開始したOpenCourseWareのCCライセンス付きの教材も,この連携に関係してくるでしょう.このプロジェクトには誰でも参加できるので,ご興味のある個人・企業の方は次のURLをチェックしてみてください.

▷ iCommons 教材カリキュラム・プロジェクト:http://wiki.tsf.org.za/iCommonsiCurriculum

▷ CC-OLPC メーリングリスト:http://lists.ibiblio.org/mailman/listinfo/cc-olpc

Peteが何度も強調していたことは,このOLPCが普及すれば,最も早くて4歳からクリエイティブ・コモンズやオープン・ソースの概念に慣れ親しみ,コンテンツの制作やソフトウェア開発を始める子どもたちが世界中に生まれる事の意味の大きさです.特に,MITとの契約の条項の一つとして,各国の政府は全ての対象年齢層の子どもたちにこのラップトップを支給する義務を負っているので,本当の意味で「全ての子どもたち」がこの機械を与えられるのです.例えばブラジルでは,既に初日のCreate!ワークショップで紹介されたPontos de Culturaという国内に千カ所規模で設営されるフリースタジオなどでこのOLPCと連動した教育プログラムなどが構想されているようです.

このセッションでは,Second Lifeのような先進国における新たな仮想経済圏の創出が行われる一方で,後進国における子どもたちの大規模なレベルでのオープン・コンテント/ソース文化への参入,という重要な革新が同時多発的に起こっていること,そして,その両方において,クリエイティブ・コモンズが重要な役割を果たしている,または果たそうとしていることが浮き彫りになりました.次世代の経済や文化は案外,教育という,もっとも困難でもっとも課題の多い分野を通してその姿を表わすのかもしれません.

文責:[DC]