オープンビジネスモデルの限界を打ち破った「Cafuné」

劇場のスクリーンのみならず、コンピュータ画面にも同時に公開される映画を想像してみてほしい。「トロイ」や「タイタニック」など、興行的に成功している映画の初日に、ピアツーピアでオンライン上に公開される映画を想像してほしい。このアイディアはユートピア的で、人々がこれが起こりえるかどうかを考えている最中に、私たちはあなたにいう。「それはすでに実現していますよ!」。ブラジルの映画監督Bruno Viannaが、自身の初監督作品Cafuné」を公開したことで、このシナリオは実現した。


Viannaは、自分のデビュー作品の公開にいくつかの革新的な配給戦略を使っている。まず、彼はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとに自分の作品を公開している。次に、劇場とウェブ、2つのメディアに作品を公開し、おのおのに違うエンディングをつけている。さらに、インターネットでダウンロードした人々にその作品の新しい結末を創造するように仕掛け、作品に対する観客の創造的な表現や関わりを促進しようとした。
「Cafuné」はブラジル映画の新しい配給方法を導入するにとどまらず、このような新しい配給の方式が成功したことを世界に示した。
8月25日の初日から2ヶ月後、ViannaはOona Castro[Bold]と話し合い、彼が選択した配給方法やそのインパクト、また、それが与える将来への影響を考えた。

■公共財源とフリーカルチャー
ブラジルの文化庁が主催した低予算映画のコンペティションで、「Cafuné」は賞を受けた。Viannaは600000リオ(280000ドル)を受け取ったが、コンペティションの規則にもとづき、映画資金をさらに集めることを禁止された。
「しかし、それにより公共投資に援助を受けた作品を広く公開することが禁止されたわけではなかった。」とViannaは語る。彼にとって幸運なことに、「Cafuné」は最終日まで無料にはならなかった。
多くの人は、公共資金をブラジルの映画産業に投資することに疑問を抱くだろう。なぜなら、ブラジル映画の観客数は小規模だからだ。しかし、たとえ観客が少ないとしても、国内の映画産業に関わる人材育成のために、そのような投資はきわめて重要だと主張する人々もいる。また、観客が少ないのなら、より鑑賞できる環境づくりを行うべきだというアイディアを支持する人々もいる。では、数少ない人々しか見ないようなものを作っていく意味とは何なのだろうか?
Viannaによれば、ブラジル映画の映画製作者たちは、この問題の解決策を見出すことはないだろう。「目的は、自立可能な映像産業を作ることです。この論理によれば、製作会社が映画に投資しているなら映画を”見捨てる”ことはできません。しかし、インセンティブを与える法律のもとで政府からの援助を受けて映画が作られ、またそれが将来への投資だと認識したとしても、利益は興行収入、しかも限られた数少ない観客から得た収入だけです。」政府援助によって製作されるだけで、作品が自由にされないとき、Viannaはそのように解釈する。「それが文化への投資による結果だ。」そう彼は断言する。
自分の作品を共有したくないとと考えるクリエイターが多いことは明らかだ。あらゆる領域と同様に、このような共有を起こすまいとする圧力がある。しかし、新しいビジネスモデルは創発しつつある。今日「新しい」と考えられるものが、明日は「メインストリーム」になる可能性を持っている。
ハリウッド側の映画配給モデルにもとづいて、オープンな映画を配給することに対して、産業が課している限界を監督は知っている。普通、映画はその監督のみならず、プロデューサーや配給者にも帰属している。たとえば、製作会社が作品に投資するならば、自由なライセンスを使用することはより難しくなる。Viannaは、仮により「商業的な」製作会社や国際的な配給者と仕事した場合は、今回作品に使用した革新的な配給方法を選択することは難しかったのではないだろうか。
しかし、たとえ大作で商業的にも成功する可能性のある作品を作ったとしても、他の権利者たちの制約がなくなるのであれば、自分は著作権によって得られる利益をあきらめたかもしれない、と彼はいう。

■観客と配給
劇場やインターネット上での配給についてアドバンテージを持っているのは観客だ。インターネット上に映画を公開したときのチケットの売上げ等への影響を計算した人物はいない。中央サーバーが許諾しない限り、その映画をダウンロードした人数を、正確に測定するのは難しい。しかし、Viannaは初日の1ヶ月後に、ピーツーピーソフト「eMule」のなかで80個、映画のコピーが存在していることを発見した。この2週間後、「Overmundo」のウェブサイトからダウンロードされた数を調べたところ、合計で490個のコピーがダウンロードされていた。
これは、「Cafuné」が劇場やピーツーピネットワークに限らず、映画クラブや映画祭のエキシビジョン、大学、学校にまで行き渡っていることを意味している。今まで通りに配給するより、この戦略が映画の露出度を高めることは明らかだ。
ブラジルフィルム・マーケットの分析を行う会社、Filme Bによれば、「Cafuné」はある週にはトップ20まで上昇している。新人監督の作品で、公開されている劇場が少ないことを考えると、これは決して悪い結果ではない。
当初、リオデジャネイロでは5つの劇場で、サンパウロではたった1つの劇場でのみ映画は公開されていた。初日から2週間後には、劇場数はリオで1館に減り、サンパウロでは違う劇場に変わり、あいかわらず単館上映だった。しかし、4週間後にこの「小さな大作」はリオデジャネイロで3館で公開されるまでに回復していた。
Viannaはこう話す。「映画館で映画を見たいと考える人は、映画を見るためではなく、儀式として劇場に向かうのです。ですから、時間が過ぎるにつれて観客の数は増えていったのだと考えています。」
配給者と映画館主のグループEstaçãoのJulia Levyは、当時新たに公開されていた映画が少なかったことが原因の可能性もあると、この現象を説明する。しかし、彼女は、もし需要もなければ、その映画が劇場に再び上映されることもなかったとも認識している。ピーツーピーネットワーク上に公開されて3週間後でも、「劇場公開の映画とポップコーン」に夢中な人々の波は劇場に向けられ、コンピュータの画面に向かわなかった。多数の人々の考えと対照的に、インターネットで公開されたことがその成功に貢献していると推測できるかもしれない。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンスにより文化的生産物がウェブ上へ公開されるとき、利益と損失の経済で考えることはきわめて単純だ。オンラインで見ることができるのだから劇場で映画を見たいと思わない人の数をXとして、オンラインで配信されていなくても作品を買わない人々がYとするならば、YがXを上回るとき、そのような試みはつねに意味があるといえる。たとえば、Cory DoctorowLawrence Lessigの本の中では、この均衡点はクリエイティブ・コモンズでライセンスされる作品すべてにとってポジティブなものである。
1990年から、Estaçãoは海外や独立系やless-diffusedの映画から古典を公開し続けている。しかし、今年からEstaçãoはブラジル映画も公開するようになり、その中でも「革新的かつ新しい」ものであるかを基準に、小中規模の予算で製作された映画を優先的に公開している。Cafunéが公開されたことは、このグループが新たな段階に来ていることを示している。配給者は、創造的でかつ実際のマーケットで競争力を持つ新しい配給の方式を発見し発展していくことに対してつねに努力している。また、その方式はより魅力的で世間と繋がっていることが求められる。
Levy 氏いわく、「Cafuné」の配給方法は配給者や監督、製作会社、さらには音楽会社の中で熱心に議論されているそうだ。彼らが参考にするのはアメリカでケーブルテレビとDVD、劇場で同時に公開されたSteven Sordenberghの「Bubble」の事例で、映画館主達がその映画をボイコットしたのだ。しかし、Estaçãoには切り札があった。Estação自体が配給者であり映画館主であったことだ。したがって、拒否することなどできるわけがなかった。
どう配給するかを議論するためにいくどとなく会議が開かれたとLevyはいう。たとえば、その一つが、Viannaは異なるエンディングを撮るべきだと配給者が提案した会議である。異なる当事者間の断続的な議論と同じく、監督の大胆さと配給者側の新しいモデルを選択しようとする傾向は、モデルのパラメータと作品のそれに続く結果を決定した。
誰もがインターネットから「Cafuné」をダウンロードし、ディスクに焼くことができるにも関わらず、ViannaはDVDをリリースする予定だ。彼はメイキング集や映画の解説、その他ボーナス特典のような限定の付加価値は、DVDを購入する層にアピールする要素だと彼は考えている。
もちろん、アーティスト達は自活していくことを求めているし、オープンビジネスとしての計画はオープンビジネスのモデルを調査することを志向する。その中で私たちはViannaに、利益をあげつつ文化へのアクセスを保証する最善の方法は何なのかと質問した。
監督の答えは他のビジネスモデルや流通モデルの経験を反映したものだった。たとえば、コンテンツを開放しつつ、その視聴ごとに広告を見せるウェブサイトや自己増殖的なネットワークがその一例である。そこには新しい試みが含まれている。iCommonsのチェアマン伊藤攘一が定義する方法、つまり、映画を低コストに製作できるようにしつつ、より良い解決策に導くような方法である。
オープンな映画産業が利用できる方法があるとしたら、それは自己増殖的なネットワークに参加しようとするユーザーのインセンティブを巻き込むことだ。この手法は、大規模なネットワークの流通のみならず、新しい当事者を製作の連鎖に巻き込むことが可能となる。観客は配給者にもなり、作品の興行収入にも貢献することになる。「恐らく配給を通じて何パーセントかの収入を得ることができるのなら、興味を持ち、共有しようとする人々がよりいっそう増える可能性があるではと考えています。」とViannaは考えている。

■これからの展望は?
Viannaはニューヨークで新しい技術を学び、つねにそれが可能とするイノベーションに向き合っている。「今、私は集中化について考えています。いくつかは劇場用のプロジェクトで、インターネット用のものです。人々に2時間もコンピュータの前に座らせることなどしたくないですし、Cafunéはダウンロードし、DVDに焼いて、テレビで見る映画なのです。」
事実、Viannaはすでに次回作の構想を明らかにしており、それはCafunéで使用したものより大規模でさらに良くなっている。「VJのようにリアルタイムで編集するデジタルシネマのようなプロジェクトを進め始めたところです。」さまざまな部分から映画は撮影され、上映ごとに違う方法で編集されることとなり、さらに劇場にいる監督によりリアルタイムで編集され上映される。「Cafunéではそれができず、部分ごとに見ることもできませんでした。それは‘固定的’な視聴に適しているのです。」
あなたは疑問に思うはずだ。Viannaと同じような配給戦略をすべての人が採用したらどうなるか? このような映画の見通しはViannaの先駆的なイニシアティブに基礎づけられているのか?
プロジェクトのユニークさが映画の「誇大な」広告に寄与していると考えるのは理にかなったことだと思う。しかし、それだけでこの試みを非難すべきではない。映画製作と配給における革新的なビジネスモデルにはポテンシャルがあるし、その限界はまだわからない。そして、こうした見えない領域にこそ、ブラジルの映画産業や、果ては世界の映画産業の未来と産業の安定した成長が存在する可能性があるのだ。

翻訳:Takuya Nakadai
オリジナルポスト:Cafuné breaking the limits for Open Business models(2006/11/22)

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