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休憩をはさんで開始された第二部では、ひきつづき各分野から招かれた話者による講演と、ゲスト陣によるパネルディスカッションがおこなわれました。
まずは、国立国会図書館館長の長尾真氏に「公表したものは共有財産」(Published Materials Are Common Property)というタイトルで、著作物の権利保護制度がどうあるべきかをお話していただきました。
この作品は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。
BY:DBCLS
氏は書籍の電子化という国会図書館で行っているプロジェクトを通して、著作物のデジタル化において図書館で生じる著作権法上の問題についてふれます。国立国会図書館においては、法改正により、自由に書籍を利用できるようになったにもかかわらず、利用は国会図書館の館内のみで許される、冊数に応じた端末表示制限があるなど、制約が大きいという問題があります。また、出版社の要請により、スキャンしてPDF化された書籍データを文字のデータとして使用することができず、全文検索などができないといった事態も発生しているとのことでした。そして、著作権の切れている明治・大正時代の書籍を15万冊デジタル化したが、そのコストが2億円かかるなど、権利の面以外でも書籍のデジタル化には課題があることを述べられました。
それから、学術文献のデータベース化というご自身の過去の経験をふまえ、学術や科学分野におけるデータやは通常の著作物と異なる観点で保護方法を考えていくべきであるというお話も重要なものでした。文学などの表現分野では著作権が重要になってくるが、科学研究においては、活動の下地となるデータがきちんとそろっていることが大事であり、フェアでオープンな情報共有がされるべきであると主張されました。
続いて行われた弁護士末吉亙氏による今回の講演は、知的財産権の側から科学におけるデータシェアリングの在り方にフォーカスしたものでした。
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末吉氏は、以前ライフサイエンスにおけるデータベースの統合プロジェクトに参加した際、データのやりとりは規約や契約に基づいて簡単に済むものと考えていたが、そもそもデータがデータベースに集まりきっていないという状況に陥っており、「科学情報はうまく共有できているのか?」という疑問を抱くようになったといいます。そもそも知的財産法とは特定の切り口において情報を保護するものであり(発明は特許法、著作物は著作権等)、「研究成果たるデータの保護手法」についてどういった根拠・制度のもとで保護することができるのか検討していきます。
データベースを著作権で保護しようと考えると、データベースに著作物性があるということが認められること事態が極めて稀であることから現実的ではなく、特許法での保護は、対象が新規性のある発明でなければならず、基本的には配列情報であるデータにはあてはまらない、といった難しさがあります。
また、委託研究の場合の別の角度からの保護の在り方として、契約によってデータを営業秘密として保護するという選択肢についても言及しました。
政府資金に基づく委託研究については、データを受託者に独占させるか、国の所有物として国民の共有資産とするか、世界の共有資産とするかといった共有の仕方を示し、これらの選択は国家の戦略に関連することを指摘しました。
つぎにINNOVMONDを主催されている深作裕喜子氏による『OECDデータ・アクセス・ガイドラインおよび欧州におけるデータアクセス推進政策動向』についてです。
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OECDの概要を話された上で、オープンデータ及びデータ共有の文化の必要性、その科学技術政策や知的財産戦略への応用性などについてお話しいただきました。OECDは欧州をはじめとした、日本、米国等の先進国各国での『共通』政策課題を議論する場であると示した上で、『データの共有』こそがボトムラインということを強調しつつ『公的資金による研究データアクセスについての原理とガイドラインに関する勧告』の目標やプリンシパル、その後の取り組み等について解説されていました。
<パネルディスカッション>
司会:大久保公策、高木利久
パネリスト:末吉亙、長洲毅志(エーザイ株式会社)、永山裕二(文化庁)、深作裕喜子
パネルディスカッションでは、多彩なバックグラウンドを持つ方々により、さまざまな議論が交わされました。
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まず、永山裕二氏が文化庁での著作権に関する取り組みを発表しました。氏は、研究成果物を特許や著作権で保護する場合、その研究分野に関しての知識が不可欠となるので、国が一方的に規則を押し付けるのではなく、当事者である研究機関を支援していく制度を作るのが肝要だと述べ、学術領域以外においても、民間同士のルールがどう運用されているのかは、著作権を今後改正していく上で重要な資料になるという所見を述べました。
つぎに、エーザイ株式会社の長洲毅志氏が産業界におけるデータベースの運用について説明しました。特許の取得やデータベースの維持は、その規模が巨大であればあるほどコストがかかり、そのコストの回収方法の検討が企業組織には重要である一方、解析技術はあるが、肝心のデータベースを所有できていない団体も存在し、データベースのオープン化によるイノベーションの重要性を説きました。
「ヒトゲノムの塩基配列は著作物足りうるのか」という会場からの質問に対しては、おそらく日本法においては創作性を有する著作物とはいえず難しいだろうと末吉氏が答え、大久保氏が、個人ゲノム情報に関しては個人情報保護の観点において楽観的に考えている人々と悲観的に考えている人々がおり、楽観家はCC0(パブリックドメインライセンス)で自分たちのゲノム情報を実名つきで公開している事例を紹介されました。膨大なデータベースに対しては、CCライセンスなどのシンプルなライセンスのツールを用いるのが適していると氏は付け加えました。
別の質問者から、実際に現場に携わる研究者が即座に概要を理解できる程度までライセンスを具体化・統一化するべきだという意見もあがりましたが、高木氏は、現在は科学情報も学術や産業を中心に多岐にわたり、様々な考えが錯綜しているのが現状であり、本日のシンポジウムのような議論の場を通して、取るべき選択を考えていく場が今後も必要である、と返答。
最後に、まとめとして各パネリストがコメントしていきます。末吉氏は、著作権法の本質は権利者と利用者のバランスを取ることであるとして、少数者を含めた様々な当事者からの意見を集め、議論することが重要だと述べ、深作氏は、研究の進歩速度に比べて、それを保護する制度が追いついていないというのが根本的な問題とした上で、基盤技術をオープンにする制度の早期設立およびデータのマネジメントができる人材の育成の必要性を述べられました。
永山氏は、著作権の諸問題に関しては、まず民間同士での議論により解決を図るべきという観点から、今回のようなシンポジウムはそのための試みの第一歩だとし、長洲氏は、情報をどう扱っていくかは、人類・企業・国家などどの領域に資するためかという視点が必須であるとして、戦略的に考えていく必要がある、と総括しました。
莫大な情報を集め、処理する制度が必要であるということは、大多数の同意するところです。私たちCCJPとしても、制度作りの際にCCライセンスがどのような寄与ができるかを念頭において、科学研究の発展に寄与するような制度のあり方を考察していきたいと思います。