出版業者は死んだ

多くの先駆的な著者が、自らの作品を印刷・マーケティング・配布を管理し、印刷やマーケティングへの新たな襲撃を見出し、作品を大量に配布するための武器としてインターネットを活用することによって、出版業界によるコントロールに挑んでいる。彼らはそれぞれ出版業界における新たな地位を切り開くために一歩ずつ前進しようとしているのだ。こうした著者たちにとって不満なのは、自らの作品に対する権利の放棄を要求し、自らの権限の縮小と限られた報酬を承認するよう求めるビジネスモデルだ。以下で紹介するのは、この伝統的な出版業界のビジネスモデルを変革しようとしている自己出版の開拓者たちについての3つの短いストーリーである。


1.African Salad―料理の旅
三組の開拓者のうち、African Saladは自己出版の厩舎のなかでは最大の珍獣だ。その出版物は、本質的には美しい装丁で良質フィルム紙に印刷され、表面加工のほどこされたハードカバーの大型本だ。それは高価であり、伝統的な方法で出版される書籍と競い合うAll Rights Reservedの書籍だ。
African Saladでは、人々にレシピを書き留めてもらい、会話を共有してもらうことにより、彼らの家庭へと分け入って行く手段として料理が捉えられている。料理を通じて読者は、人々が自らの個性をその環境のなかでどのように表現しているのかをつぶさに見ることができる。
DayOne出版として知られるチームは主要な国際的出版業者との話し合いを持ったが、それは最終的にはうまくいかなかった。「彼らが提示した取引はこっけいで、道理をはずれていた。」と語るのは、この本の共同出版者のStephan le Rouxだ。出版業者が著者と印税率を取り決めて、定額で知的財産権を取得というごく標準的な取引だった。だが「業界の誰もが著者にとって原稿料がほとんど価値のないものと気づくだろう。」とle Rouxはいう。DayOneは知的財産権を共同で保持し、製作コストと利益を半々で分け合うというフィフティ・フィフティの取引を提示したものの、これは即座に拒絶された。
「チームは自己出版に取りかかったんだけど、それはコストのかかる事業だった。本の出版のために銀行から借金なんてするもんじゃないよ。もし自己出版したいならそれは金をやりくりする仕事だ。」とle Rouxはいう。
綿密な調査を経て、チームはシンガポールで本を印刷することにした。というのもチームは本にとって重要な要素である完全な紙質を特に望んでいたが、南アフリカでは質のいい紙が海外から輸入されているために高額の印刷費用がかかるからだ。
Have legs; will travel―自分の足で歩け
自己出版のためには、著者ができるだけ多くのプラットフォーム上で出版物を新しく作りなおすことが必要となる。African Saladはメディアで首尾よく売りだされ、テレビのシリーズ番組で関心の的となっている。さらにはその洗練されたデザインを反映するAfrican Saladのウェブサイトもある。そのサイトでは、コンテンツに含まれる主菜をちょっと試してみる機会を訪問者に提供している。それで十分にAll rights Reservedのフルコースへの食欲はそそられる。
ウェブサイトではDayOneが取引を続けている国内の主要な書籍取り扱い業者と比べると割安価格で書籍を購入できる。ウェブサイトは電子商取引決済を提供しておらず、Eメールによる注文だけを受け付けている。とはいえ書籍売り上げで利益は得られるのだろうか、という大きな疑問が浮かぶのは当然だ。DayOneの答えはこうだ。そうだね、このプロジェクトは愛の活動であって、金づるの牛はまだ放牧中なんだよ。
チームはAfrican Saladのコンセプトにコミュニティが参加するように促し、その寿命をのばす、いくつかのダイナミックなアイディアを発見した。読者はAfrican Saladの将来の催しについて情報を入手できるようにデータベースに登録することを奨励される。それは将来のプロジェクトにとって豊富なターゲットを確保するための賢い方法だ。African Saladには含まれなかった残り物のコンテンツもあり、DayOneはそれをサイト上での展示品にしようかと考えている。国内の主要な書店でAfrican Saladを宣伝するためにポスターが作られることになっており、価値付加を持つ製品としてウェブサイト経由でも配布されるだろう。さらにはそのサイトを発展させて、人々がサイト上に自分の話や写真を載せて分かち合えるようにさせて、かつ有機的に成長させる。そういうコミュニティによって動かされるインタラクティブな乗り物にし、できれば続く出版物へと発展させようという話も持ち上がっている。クリエイティブ・コモンズ(CC)というデザートはいかが?
2.Spring Offensive – 英雄伝における教訓
CCの支持者であるNokuthula Mazibukoは2003年にSunday Times Bessie Head著述奨学金を受けてSpring Offensiveを書くことができた。それは、アパルトヘイト制度のもとで生きた南アフリカの黒人の語られざる英雄的行為についての歴史的教訓であり、実在する人々の真実の物語を記録している。
もともと、自己出版するつもりはなかったMazibukoは、当初は有名な2つの出版業者と交渉を始めており、そのうちの一社が彼女の作品に対していくらかの関心を示していた。だが契約交渉はあまりに長引き、その実現の見込みがなかった。それでMazibukoはCCライセンスを使った自己出版に注目した。「私には書籍出版の実地経験はなかった。そこで小さな出版会社を営んでいる友人を訪ね、提携しようと話を持ちかけた。というのも、彼は私の相談に乗って出版・印刷のために橋渡しとなってくれるはずだから。」
こうしてSpring Offensiveは慎ましやかながら初版500部の印刷へとこぎつけた。とはいえMazibukoが自信満々でいうところでは、他の出版業者が第2版の刊行に関心を寄せているそうだ。
「ありがとう、Bessieおばさん!」
Mazibukoにとって、最大の財政出資金は実際の著作物からのものだった。彼女は幸運にも奨学金をその書籍製作に用いることができたが、補助金やスポンサーを持たない場合、そのコストは莫大なものになるであろうことも認識している。そして投資から利益が出ることは必ずしも当然のこととはいえない。Spring Offensiveは2006年6月に出版されたので、利益が出るかどうかはすぐわかるだろう。だがMazibukoは皮肉っぽくいう。自分は最新のポルシェを運転しているわけじゃない。まだね。
マーケティングと宣伝はやりやすくなったが、それでもいまだもってかなり困難な仕事を伴っている。Mazibukoは自分の著作をCape Book Fairに持っていき、地域のラジオ局で数多くのライブ朗読やインタビューをこなしてきた。彼女はテレビにも出演して、本を視聴者プレゼントに提供している。
www: World wide presence
作者兼出版者として、Mazibukoは「兄貴が私の肩ごしにのぞきこんでいる」とおびえることなく、ストーリテリングを探求するという芸術的で創造的な自由を満喫している。さらに彼女は自分の作品を他人がどのように用いるか、またそれにどのように参加してほしいかを完全に決めることができる。Spring Offensiveの全内容はPDF形式でウェブサイト上に置かれていて、フリーでダウンロード可能だ。「オンライン出版のコストは無に等しい!それだけじゃなく、それによりSpring Offensiveは24時間営業で世界中に顔を出すことになる。」
熱心にもMazibukoは、あらゆる潜在的な読者をも算入していう。オンライン版は本を購入するだけの余裕がない人たちにも役立つんだよ、と。Spring Offensiveは主要な書店でも売られているが、Eメールを使ってウェブサイト経由で注文することもできる。
フリーで共有できる
Mazibukoは自分の物語を進んで他の人たちと分かち合い、ぜひとも彼らが望むように書き足してほしいと思っている。その実現には、CCの帰属同一条件承諾ライセンスの認可を必要とする。そこから派生した作品は演劇形式で、10月下旬にソウェトにて出版された本のために創られた。「なんてすばらしいの!」その作品をはじめて見たらMazibukoは驚嘆するだろう。
もしNokuthula Mazibukoにもうひとつ望みがあるとしたら、それはなんだろうか?
間髪おかずに彼女はいう。「書籍出版がもっと安かったらいいのにな。」
3.文化テロリストDread
Cape Townの街路を闊歩する自称文化テロリストが、世間の薄汚れた面でごろごろしている自己出版者、Enter Zebulon Dreadだ。
Dreadは、1997年にワンマン刊行物の『Hei! Voetsek! (おおざっぱに訳せば「よう!消えうせろ!」)』とともに著述業界に乱入した。手元にあるのは古びたコンピュータだけで資金はゼロだったが、DreadはCape Townで自分の雑誌を発行した。それは出版されたものへの痛烈な批判であり、カルトの域にまで達している。Dreadは自分のメッセージを伝えるために文書や詩、写真を用いながら、政治的正しさと中流階級の平凡さをののしっている。彼の作品には、指導者たちの人格の風刺的な描写と、フォトショップで切り貼りされ、コピーされた現行のいろんな問題が含まれている。
Masturebate or disseminate!―普及しなきゃマスターベーションだ!
Dreadは、傑作を生み出して、その後でそれを他人と共有する方法をどうしようかと考えるような著者とは違う。彼を突き動かす力は、われわれを顕微鏡にかけて、文化、社会、性を解剖する。これを彼は言葉と画像でやってのけるのだ。はじめに衝動があって、それに創造力が続くといえるだろう。だから普及はDreadの主な目的地ということになる。そうでなかったら、彼の創造的なアウトプットは、まあ、自慰に過ぎないことになるだろう。それでDreadは自分自身で歩き回り、マーケティングと流通の機構を非難してまわるようになったのだ。彼は街路へ乗り出し、全国のブックフェアや街角、アートフェスティバルなどで不本意ながら彼の犠牲者となる人に強引に雑誌を売りつける。
The common man―大衆の人
Dreadの著作は一見、純粋な無政府主義者のものにみえる。だがそれは収集魔的なやり方で文化をリミックスしつつ、注意深く情報を収集・検証している。それは大衆についての有機的な証言だ。Dreadが大衆の支持者というレッテルを貼られてどう思うかはわからない。彼がインドに行ったと聞いたのが最後で、彼を見つけることはできないのだ。でも聞かれたとしたら彼はこう答えるだろうと思う。「Sis! Vark! Voesek! (ちくしょう!なんだ豚やろう! 消えうせろ!)」ってね。

写真:『African Salad』からの一枚。使用許可あり。

翻訳:Takatomo Abe

オリジナルポスト:The publisher is dead(2006/10/26)

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中