iSummit 2007 では、基調講演(Keynote Speach)は毎晩20:00から行われるという形式が採用されていました.ここではレッシグの長年の盟友であり昨年刊行された『The Wealth of Networks』(未訳)が世界中のcommoner (CC活動家)の愛読書となっているヨハイ・ベンクラー(イェール大学)、アジアのもうひとりのLLと呼ばれるローレンス・リャン(CC India)、東欧圏において社会文化的な側面からコモンズを研究するボド・バラス(CC Hungary)、そしてレッシグと共にEldred v. Ashcroftを闘った若きギーク教授のジョナサン・ジットレイン(Oxford / Harvard / Berkman)たちによる講演のダイジェストをお送りします.
□「海賊」たちが生成する経済文化の生態系:ボド・バラス+ローレンス・リャン
Bodó Balázs, BY: Joi
Lawrence Liang, BY: Joi
バラスとリャンの両氏は、東欧とインドという地理的な差異こそあれ、同じ世界観を共有しています.一言で彼らの主張を要約すると、今日の情報社会で俗に海賊行為と呼ばれ忌避されている領域は先進国の企業のメディアが届かない地域において自生的な経済的秩序の形成に貢献している、というものです.両氏とも、「テロとの闘い」という恐怖の言説と並行で語られる「海賊行為の撲滅」という先進国側のメッセージに対して冷静な視点をもつことを呼びかけています.
バラスは16世紀の海賊出版者たちと今日のP2Pの海賊たちが本質的に違うことを挙げています.いわく、中性の海賊たちは正規の市場を破壊すること自体が半ば目的化していたが、現代のベッドルームの海賊たちはむしろ社会的なコミュニティの形成とそこへの参与が大きなモチベーションとなって活動している、という主張をおこなっています.彼ら海賊たちの活動の総体は、構造的にロング・テールの上にある頭の部分しか供給できない/しようとしない正規市場の欠陥を補完する働きをもっており、その自律分散的な活動様式はそれまで政治空間のなかで居場所を与えられなかった諸個人が一定の影響力を持つことを促している、という主張です.
リャンは続いて、自身が活動の拠点としているインドにおける違法メディアとgrey economy(グレーゾーンの経済)の生態系についてパワフルな講演を行いました.CC India設立メンバーおよびiCommonsのボードメンバーとして以外にも、現地の社会アート組織Saraiとのライセンス設計や社会的弱者に法的なサポートを行うAlternative Law Forumの運営など精力的に活動しているリャンですが、法律家そして研究者としての立場からアジア圏、特にインドに特有な著作物利用のリアリティを探ろうとしています.彼も海賊行為に対して反射的に憎悪を向ける西洋的なパラダイムからは距離を取って、海賊行為がもたらす経済的、文化的な影響力を客観的に観察しようと呼びかけています.そのため、西洋の近代的な二項対立つまり「著作権 v.s. コモンズ」や「適法/違法」といった分類ではなく、双方が連関した多様な情報の生態系としての「グレーなコモンズ」や「グレーな経済」に注視するスタンスを強調します.なかでもアジア的なリアリティに言及する概念として、i-Commons(「私」という個人とコモンズの関係)からwe-Commons(「われわれ」という集合とコモンズの関係)という観点から著作権を捉えなおさなくてはならないという主張は、日本の社会にも通底するのではないでしょうか.いずれにせよ、このように社会の主流では容易に忌避されてしまう海賊=違法行為の側面も冷静に考察するというスタンスには、とかく感情的になりがちな昨今の著作権をめぐる言説をおもえば、より建設的で本質的な議論が可能になってきているし、また必要になってきているという印象を受けました.
文責:Dominick Chen